イギリスで学んだこと

昨日、今日と人と会って、酒を飲んだ。
美味しい食事に、ビールと赤ワイン、そしてはずむ会話。
この3つがそろうと、実に幸福な気分になれ、自然に気分は高揚する。



学部時代に一年間、大学院生として一年間、計二年間イギリスで過ごしたが、その二年で僕は実に多くのことを学ばせてもらった。

それは、例えば「英語」とか「ヨーロッパの歴史」とか「イギリスの文化」とか、そういうはっきりと言葉にして表すことが出来るものだけではなく、長い時間が経って初めて「あれはこういうことだったのか」とその意味が明らかになる、そのような非常に漠然としたものも含まれる。それは「何か決定的なものを学んだ」という予感だったとも言えるし、これからその予感が何であったのかを、意識的あるいは無意識的に関わらず、模索する「きっかけ」だったとも言える。



年を重ねることによって、単に酒に強くなったという話に過ぎないのかも知れないが、大学院留学を通じて、友と酒を飲むことが僕にとって実に愉快なこととなった。


学部生時代も、もちろん酒を飲む機会は沢山あって、大いに飲んで笑って騒いだことはある。しかし、常に「こんなことしていていいのだろうか。もっと重要なことがあるのではないか」という後ろめたさを感じていた。うまく酔うことが出来なかったのだ。


それが、イギリスの大学院に入って、パブでも自分の部屋でも、友人と一緒に酒を飲むのが実に楽しくなったのである。
一番大きな要因は、非常に人に恵まれた、ということだ。


僕は、友達のグループのなかで一番若い学生の一人で、20代後半の人とか30代の人とかと一緒に遊ばせてもらった。そういう人たちと酒を飲むのが非常に楽しかった。


何故なら、皆さんマナーがすごくしっかりしていたからである。


20代後半や30代にもなると、人は恐らく若い時よりも多くの悩みや苦悩を抱えながら生きなくてはならなくなる。でも僕の年上の友人たちは、酒の席で、そういった悩みや苦悩をほとんど愚痴らなかった。それは、「飲んで辛いことは忘れましょう」という態度ではなくて、「せっかく飲むのだから、湿った話はせずにお互い楽しみましょう」という考え方が背後にあったように思われる。少なくとも、僕はそう感じた。


「酒に飲まれる」のではなく、「酒を飲む」感覚、その感覚を身をもって教えられたのである。


そういう雰囲気で酒を飲むことが出来たので、酔うことの後ろめたさも自然となくなったし、友人と飲むことを本当に楽しめるようになった。
実際、酔っ払ってくると、舌の運びも滑らかになり、その感覚も面白い。



2年間、自分で言うのもなんだが、多くの時間を図書館で費やした。特に1年目は、本当にそのためだけに留学したようなものだったから、出来るだけ長く図書館に居ようと、今振り返れば、非常に非効率的な時間の過ごし方をしていた。


2年目の留学でも、もちろんそういった図書館での勉強から学ぶことは沢山あって、色んなきっかけがあったのだが、一方周りの人から学んだことも実に多かった。
パブに行ったり、食事会に参加したり、そういう所で実に色んなことを教えてもらった。有り難いことだ。人から学ぶことの大切さ、それを背中で教えてくれる人に囲まれていた僕は、本当に幸運だった。


僕は若くてわがままだから、友人と衝突することも当然あった。しかし、結局多くの人がそんな僕を受け止めてくれた。なんと有り難いことか。
そういう人は「優しくなれ」なんて言葉では言わない。ただ、「あ、もっと他人のことを考えなくちゃいけない」と僕に思わせてくれた。背中でそういうことを教えてくれた。


今ふと一歩引いて、自分の経験を少し離れたところから眺めてみると、一つのことが頭に浮かんだ。
結局、勉強するということは人格を磨くということであって、どんなに知識を積み重ねたとしても、それに終始する勉強というのは片手落ちなのである。
一昔前に比べ、オックスフォード大学は明らかに落ちぶれたのだが、今でもやはり「勉強=人格形成」という理念は、脈々と大学内に流れている。少なくとも、そういったことに気づかせてくれる素晴らしい環境であることに変わりはない。


「人格を磨くための勉強ですよ」と言っても、それだけでは絶対に伝わらないだろう。それは「気付かせてもらう」ものだからである。そのことを感じる「素地」が出来ていないと、いつまで経ってもそのことに「気付く」ことは出来ない。


何が言いたいかというと、これも個人的な経験談なのだが、一年目の「非効率な留学」も僕にとって決して無駄ではなかった、ということである。あれによって、色んなものを犠牲にしたのだが、一方で気付かぬまま「素地」は形成されていたのである。お陰で僕は大切なこと、当たり前なことに「気付くこと」が出来た。知ったかぶりではなくて、「自分のものにした」という感覚がそこにはあったのである。


オックスフォードではあと2週間弱で新学期が始まるのだろうか。あの素晴らしい環境で生活できる新入生が羨ましい。
僕も教えてもらったことをかみ締めながら、ここで生活していこうと思う。


ありがとう。
頑張ります。